ノイキャンヘッドフォンを有線接続してもロスレス再生にならないわけ
Airpods Maxや、ソニーのノイズキャンセリングヘッドフォン、WH-1000XM4などは基本的にはBluetooth経由のワイヤレスでオーディオを再生するが、飛行機の中やその他有線接続で使いたい場合は3.5mmオーディオケーブルによる接続を行うこともできる。
圧縮コーデックを利用するBluetoothによる接続より、有線の方が音質がよくなるのではないかと思う人もいるかもしれないが、実際のところはそうでない可能性もある。
なぜならば、ノイズキャンセリングヘッドフォンはデジタル音声処理によりノイズを打ち消すシステムであるため、音声とノイズをリアルタイムでデジタル処理する必要があるから、アナログ音声入力のままで処理できないからだ。
3.5mmオーディオケーブルは当然のことながらアナログ接続である。アナログの音声のままではデジタル方式のノイズキャンセリングを行うことができないから、当然ながらアナログからデジタルへの変換(AD変換)が行われる。すなわち標本化と量子化が行われ、アナログの連続的な情報を離散的な情報にすることが行われる。
Appleによる説明
Apple Airpods Maxは、アナログ入力を行えるケーブルを用いて優先接続できるのだが、この場合の音質について以下のように説明している。
AirPods MaxのLightning — 3.5mmオーディオケーブルを使って、ロスレスオーディオを聴くことはできますか?
Lightning — 3.5mmオーディオケーブルは、AirPods Maxをアナログソースに接続して映画や音楽を聴けるように設計されています。AirPods Maxは、ロスレスやハイレゾのロスレス音源を再生するデバイスに接続することで、卓越したオーディオ品質を実現します。ただし、ケーブル内でのアナログ-デジタル変換を考慮すると、再生は完全なロスレスにはなりません。
これは理論的に正しく、誠実な回答と言える。その理由を考えてみる。
ノイズキャンセリングヘッドフォンの仕組み
基本的には、ノイズキャンセリングヘッドフォンをBluetoothで接続した場合は以下の図のようになっている。
基本的に音質をロスすると思われるのがオーディオソースの機器内でのBluetoothコーデックによる圧縮だ。電波状況によってはパケットロスにより音飛びが発生するが、再転送などによりロスが補償される場合、音質に劣化はない。ここはデジタル伝送のメリットで、ある程度の外的ノイズまでは音質になんの影響も与えない。
いっぽう有線で接続した場合は以下のようになる。3.5mmオーディオケーブルに乗ってくるノイズ、そしてその音声の入力時のA/D変換の「ロス」の2種類が音質を毀損する原因になるだろう。そのほかに有線、無線含めて、電源設計に起因するノイズや、デジタル音声処理における歪みなどがあり得るがここでは省く。
いずれの場合にもワインレッドで示した部分において、ロスが起こることになる。
また、そもそもこうしたヘッドフォンは内蔵のデジタル・オーディオ・プロセッサーによって、ドライバーやハウジングの特性に応じて音質を操作していることも多い。SONYのノイズキャンセリングヘッドフォンで、電源のON/OFFで音質が変わったと感じられるのはこれによるだろう。当然ながら、ロスレスとは言えなくなる。
音質劣化の程度は
Appleは誠実に有線接続におけるA/D変換を「ロス」と説明したが、理論的にはそうであっても人間の耳に知覚できるレベルとは考えられない。なぜならば、このA/D変換は非常に精度が高く、ある程度のサンプリングレートとビット深度を持ってすれば人間の耳ではオリジナルと区別がつかないからだ。(以下の記事参照)
また、無線接続の場合でも確かにBluetoothコーデックによる圧縮がある以上はロスレスにはなり得ない。しかしながら、BluetoothコーデックのSBCによる圧縮によっても、大抵の場合は人間に知覚できる劣化は認められないことがわかっている。(以下の記事参照)
ロスレスかどうかよりも
音質を語る上で、伝送路がロスレスかどうかというのは割とどうでもいいのだ。例えば地下鉄で音楽を楽しむとき、ロスが発生するコーデックや伝送路のせいで引き起こされる音声劣化よりも、地下鉄という環境が引き起こすS/N比の悪化が、最終的に鼓膜に入力される音質にはるかに害をもたらしているというのは紛れもない事実だろう。
最終的に人間の鼓膜に入る時点でのS/N比はノイズキャンセリングではないヘッドフォンよりもノイズキャンセリングヘッドフォンの方が優れているのは確かであるので、そうしたメリットを喜んで受けるべきだと考える。
ロスレスが本当に重要なのはマスタリングエンジニアくらいで、当然彼らは有線接続のモニターヘッドフォンやモニタースピーカーを利用している。
もちろんその環境は遮音性の高い防音室の中である。(終)