新たなハイレゾ “MQA” には誰にも何のメリットもない
MQAといういわゆる「ハイレゾ」音声圧縮フォーマットがある。ファイルの拡張子は “.mqa.flac” となっていることが多く、これはMQAでエンコードされた音声をFLACで可逆圧縮していることを意味している。
似たようなフォーマットとしては LossyWAV というものがあった。拡張子は “.lossy.flac” であった。このエンコーダに音声を通すことで、エントロピーを下げ、FLACエンコーダが圧縮しやすい波形にすることで、FLACにエンコードした時のサイズを減らすことができた。名前からわかるように、ロスレスではなかった(不可逆圧縮)。
MQAは仕組みとしてはLossyWAVに似ていると考えていいだろう。MQAのエンコーダを通し、その次にFLACのエンコードを行い、FLACそのものより圧縮率を高めサイズを減らすようである。
ただ、MQAはプロプライエタリでクローズドな仕様であるので、我々消費者にはどうやってエンコードが行われているかを詳しく知ることはできない。ただ、いくつかの客観的な事実から、MQAには全くメリットがないことがわかる。
事実1. ロスレスではない
MQAはロスレスではない。高周波数帯を圧縮しエンコードしており、処理の途中でディザリングをかけているため、ロスレスではなくなる。
(ディザリングについては以下の記事に解説してある)
MQAでエンコードされたデータはALACやFLACでもう一度圧縮される。そのファイル自体は、プレイヤーがMQAに対応していなかったとしても再生が可能だが、高音域にノイズが乗っているように聴こえる。MQA対応のデバイスで聴くと、きちんとデコードされるという。
ロスレスではない根拠
以下の記事がよくまとまっていたため、いくつかを抜粋して説明する。
MQA: A Review of controversies, concerns, and cautions — Reviews — Audiophile Style
まず以下はMQAの特許にある図である。これを見ると、高域(28)は圧縮(21)されることがわかる。その後の矢印にははっきりとLossyと書かれている。
そして、その処理におけるフィルタによって不自然なギャップと、高域に不自然なノイズが入っているのがわかるだろう。
またフィルタによって高域に群遅延が発生しており、44.1kHzのサンプルにMQAフィルターを使用した場合、18kHzの周波数成分の音は100Hzの音に比べて実際には約40μs遅れることになるという。
また、20kHzの0dBFSサイン波を入力すると、インターサンプル・ピークの影響で歪みが発生するということだ。
これはマスタリング時の音量が大きい(特にピークに張り付いているような)曲の場合に問題になるだろう。
このように、MQAのフィルタには問題があるということがわかる。ただし、ブラインドテストでのオリジナル音源との違いはないという結果となったという。
すなわちこのフィルタによって聴感上劣化を感じるものではないが、ロスレスでないという点で、MQAのうたう「スタジオで録音されたそのままのマスタークオリティ」は嘘である。
事実2. クローズドな仕様である
MQAはクローズドであり、仕様が広く公開されているわけではないから、長期的にアーカイブする用途では心配が残る。
一方でALACやFLACといったハイレゾリューションに対応している他のフォーマットはオープンソースであり、すでに広く対応ハードウェアもある。
MQAはそのようなオープンソースの可逆圧縮の仕組みをフリーライドしているだけにすぎない。
ALACやFLACのような性能や汎用性に優れたオープンソースコーデックがあるので、それを使わずMQAを使う理由はないと考える。
事実3. ライセンスの使用料
MQAは、制作フローのほとんどでMQAの認証を受ける必要があるという[linn]。認証されたツールやソフトを購入する必要があり、また再生するハードウェアやソフトウェアでもライセンスを結ぶ必要がある。デジタル頒布の場合は、MQAの暗号化・エンコーダデバイスを買うまたはリースする必要がある。
MQA以外にも、有料のコーデックは多い。AACはエンコーダやデコーダの販売時にVIAにライセンス料を支払う必要がある。だがそれだけだ。配布時にコストがかかることはないし、制作フローには関係がない。
制作のワークフローからユーザーサイドまでコスト面と手間で負担がかかるのがMQAなのだ。これは音楽を頒布したり、文化として保存するコーデックとして良いとは思えない。Linnのサイトでは、「The worst kind of middleman」つまり「最悪の中抜きの形」と評している。
メリットはあるのか?
以上のように、フィルタによるロスレスではない処理、クローズドなコーデック、中抜きのようなライセンス形態はFLACと比べてデメリットである。メリットとしては一つだけあって、オリジナルに比べれば「容量が小さくなる」ことである。ただし、本サイトで以前から何度も記述しているように、高ビットレートのAAC(大体192kbps〜)やVorbis、MP3(256kbps〜)コーデックはオリジナルと区別がつかない。
つまり、容量を小さくしたいならばオリジナルと区別がつかないAACを使えばいいのであって、MQAを使う意味は全くない。この場合、MQAと比べて効率が高いAACでは大幅に容量が減る。
まとめ
MQAは商業主義に立脚した中抜きのシステムであり、また性能としてはハイレゾを謳えるものでもなさそうである。
元の記事を書いたArchimagoはこう書いている。
MQAの支持者である評論家や雑誌編集者の中には、自分の主観的な音質評価を信じてやまない人たちが多いのも事実である。このような人たちの多くは、客観的には根拠のない、あるいは数値化できないケーブルの違いや、あらゆる種類の「調整」(tweaks)が聞こえると感じている。しかし、MQAのように明らかに定量的に歪みや解像度の低下をもたらすものがあると、同じ人が「明らかに改善」と評するようです!
ピュアオーディオ界隈のほとんどの人々は科学的な観点から論評する努力をしない、というより、むしろ避けている節がある。感覚を唯一の評価軸とし、詩的な表現で音質を語り、そこには正確性や再現性は存在しない。心理的な先入観は結論をぶれさせ、他人にとっては無意味な評価でしかない。
MQAとDolby Atmos
ピュアオーディオ機器はLP時代、CD時代、デジタルコンテンツ時代を経てほぼ熟成されている。数千円のデジタルアンプでも優れた音質を得られる。それでもメーカーやお金のあるオーディオマニアは、新たな体験を求めて何らかの新しい機能を(それが優れているとは限らずとも)、常に求めているのかもしれない。
Appleは最近、Apple Musicで臨場感のあるDolby Atmosに対応した。これもMQAのようにスタジオのワークフローがガラッと変わるものではあるが、MQAとは違って臨場感という付加価値がある。こちらも基本的にはAirPodsなどの対応機器で聴くことで価値が出るものである。
新たなフォーマットを売るという意味で、商売としてはMQAと似たような形ではあるが、Apple/Dolbyは(ハードウェアを売りたいという意味で商業主義ではあるものの、)音楽の文化を理解した上で、アーティストの新たな表現手法やリスナーの新たな楽しみ方を提案しているように見える。一方MQAは、音楽をただの波形として処理して自分たちが稼げるエコシステムに投げ込んで、オーディオマニアを甘美な言葉で騙してお金を稼ぐ。そんな風にみえる。