そして次に並べた写真は、私が“スキャン”したものである。
続いて、カメラとセッティングは違うが、同じシチュエーションでデジタルカメラ「Nikon D3200 + AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G」で撮影したものである。フィルムとデジタルの違いを比較するために貼ってある。
このように、— 流石にズームレンズと単焦点の違いはあり、おそらく絞りも違うため解像感は違うが — デジタルカメラと同様のコントラストや発色となっている。
デジタイズにあたっては、スキャンではなく、ネガフィルムをデジタルカメラ(D3200)でRAW撮影し、それをLightroomでネガポジ反転するといういわゆる「デジタル・デュープ」と言われる方法を使った。
ネット上には、トーンカーブを「反転させる」と良いという情報があるが、実際はそれほど単純ではない。
フィルムの非線形な特性を理解する
直線的な反転トーンカーブでは絵にならない
まずネガフィルムを単純に撮影した写真を用意した。当然ながら階調は反転している。
そして、ネガポジ反転をするためにトーンカーブを単純に反転させた。この時点で我々の見ているポジな世界にやってきた。なお、ホワイトバランスはかなり狂っているため、フィルムの端などの部分をピッカーで選択するとちょうど良い。私の光源下では、2200K、色かぶり補正-24となった。
ホワイトバランスも修正し、割と見られる画像とはなったが、しかし薄くはないだろうか?フィルム的な味わいはあるものの、コントラストが低く目で見ているような正しい世界ではない。また、オーストラリアの土の赤さが表現されていない。
これは、フィルムの感度が単純な線形(リニア)ではなく、非線形的に、特に対数的な特性で記録されるためである。線形とは、例えば以下のようなものだ。
世界の明るさが1 = フィルムに1で記録される
世界の明るさが3 = フィルムに3で記録される
世界の明るさが60 = フィルムに60で記録される
世界の明るさが1000 = フィルムに1000で記録される
しかし、フィルムは明るさの変化に対してより「対数的」に反応する。具体的には、暗い部分と明るい部分のダイナミックレンジが広がり、特に明るい部分でトーンが圧縮されるため、極端な明るさの違いが緩やかに記録される。例えば、
世界の明るさが1 = フィルムに1で記録される
世界の明るさが3 = フィルムに10で記録される
世界の明るさが6 = フィルムに30で記録される
世界の明るさが1000 = フィルムに200で記録される
となる。グラフで描けば、以下のようになる。
これはハーター・ドリフィールド曲線と呼ばれる。ガンマカーブの概念でもある。
つまり、暗部(シャドウ)は明るめに記録され、明部(ハイライト)は暗めに記録されるということである。(中間トーンは線形的である)これをトーンカーブに取り入れると、以下のようなセッティングになり、画像としては以下のようになる。かなりコントラストが効いた画像ではないだろうか。
カラーネガフィルムから赤みを取り出す
しかしまだこれでは足りない。赤さが足りないのだ。(最初あたりに貼ったデジタルカメラの画像を見てほしい)
なぜかというと、フィルムは青、緑、赤の層があるが、それぞれ違った特性を持っているからである。
その特性を表すと、各色以下のようになる。赤が一番「鈍感」で、次に緑、青となる。
これを補正する。まず、全チャンネルに対するトーンカーブはいじらないでおく。
次に、各チャンネルでそれぞれトーンカーブを反転させるようにする。
まず赤チャンネルは以下のように明るい部分をより持ち上げる。
中央より上に位置し、オフセットされているのがわかるだろう。
これは、赤チャンネルが明るい部分に対して「鈍感」なため、それを補完する効果がある。
緑チャンネルは中央部を通るようにする。
青は緑と同様とした。
全てのカーブを表示すると、以下のようになる。(緑は青と重なっている)
赤が青・緑より強く出るようにした。
このカーブが正解とは言わないが、これを基準として「色温度」や「色かぶり補正」を使って温かみを与えたり、黄色や緑色にカブっている場合は修正すると良い。
参考までに、以下のように全チャンネルのトーンカーブでネガポジ反転させ、一方、各チャンネルでは単純にカーブをオフセットして色の補正をする方法もある。
以下は完成形だ。
ただ赤すぎると思う場合は赤のハイライトを持ち上げると赤の彩度が低くなる。
極端な例だが青のハイライトを上げたり下げたりすると、冷たさや暖かさが表現できる。
このトーンカーブをそのまま使うと微妙な写真もあった。例えばこのiPhoneで撮った写真をベースにして、フィルムカメラと比較してみよう。
近い発色とはなっているものの、先ほどのトーンカーブを使いまわしただけでは若干緑や黄色が強い。その場合はホワイトバランス(2200 → 2100とした)や色かぶり補正(-24 → -28とした)を行うと良い。
フィルムのダイナミックレンジを生かしたHDR画像
HDR領域にもこの考え方を拡大することもできる。ちなみに、ここでいうHDRとは、HDR合成ではなく昨今のHDR対応モニターなどで出力できる高ビット深度の画像のことである。以下も参照。
今回は輝度のトーンカーブで大体のガンマを調整し、各チャンネルは(厳密には違うが)線形で補正をかけた。
基本的にはフィルムはデジタル世界での12bitから16bit相当の色深度を持つとされる。つまりRGBにすると36bitから48bitということである。ちなみに、昨今のコンシューマー製品で出始めたHDR10などは10bit色深度(RGBで30bit)である。
デジタイズするのに利用したD3200は12bitの表現力があるRAWであるから、フィルムの全てのダイナミックレンジを活かせるわけではないが、JPEGなどという各色8bitに制限されたフォーマットよりははるかにフィルムのほうが表現力は高い。そのためフィルムをHDR形式(例えばAVIFやJPEG XR、HEIF)にすることは多大なメリットがある。ちなみに、私の知っている限りではHDRでスキャンしてくれる写真屋は皆無である。
昨今の写真屋での「プリント」というのはフィルムをデジタルスキャンした上でそれをデジタルプリントすることを指す。昔はフィルムを光学的に印画紙に焼き付けるというアナログプロセスだったというが、もはや今は行われていないとか(やっているところもある)。つまり、昨今の写真屋の「プリント」はデジタルプロセスであるから、フィルムカメラで撮ってデジタルプリントする意味とは何かと考えてしまう。
iPhoneやMacBook ProをはじめHDRに対応した機器は増えているし、HDR動画を撮れる機器も見れるテレビも多い。しかし、人類はいまだにJPEGなどという低いダイナミックレンジの中でしか表現できない画像形式を使い続けているのである。
まとめ
この記事で最も言いたかったことはフィルムが持つ非線形の表現と、それをデジタル世界に落とし込む方法である。
ヴェーバー‐フェヒナーの法則というものがある。これは感覚について、人間は対数で感じるというものである。星の光のように、0.00005ルクスの光から晴天の太陽光下の100,000ルクスまで様々な光のもとでも我々の視覚は正常に作動するし、聴覚だって囁き声の30デシベルから地下鉄構内の100デシベルまで3000倍以上の音圧差(注:デシベルは対数表現である)があっても同じ音として感じることができる。また昨今ではHLGという対数表現を用いて互換性を持たせながらHDRを表現する方式もあるし、またLogで動画を撮影することも最近では多い。そのように非線形でダイナミックレンジを圧縮し記録する表現方法と我々の感覚は合っているかもしれない。